Archive for 災害ボランティア

災害とメディア


神戸大学持続的災害支援プロジェクトKontiの勉強会に参加してきました。
Kontiは昨年発生した熊本地震への災害支援を行う団体で、「神戸でもできることを!」といろんな方を招いて勉強会を開いています。
今回のテーマは「災害とメディア」
講師は、元神戸新聞社の論説委員、山口一史氏。
阪神淡路大震災当時の経験をベースに災害とメディアの関係についてお話しいただきました。

災害の報道には2つあり、それぞれに責任と役割がある。
『大状況を伝える報道』
被災状況を大きくとらえ、復旧・復興のために何が必要か、どんな施策が適応できるか、足りない施策はあるか等を伝える
『小状況を伝える報道』
ライフラインの復旧状況、炊き出しや入浴など、被災者の暮らしをサポート・応援する情報を伝える。

災害時の情報には、被害情報・避難情報・救援情報・安否情報・生活情報などの種類があり、時間の経過とともに必要とされる情報は変化していく。
それらをどのメディアから得るか。
阪神淡路大震災当時であれば、新聞・テレビ・ラジオ・自治体の広報誌など。
被災直後に接したメディアのトップはラジオ。
ただ、最近はラジオを聞いたり、テレビを見たりしない若者も多いらしい。
SNSが発達しているが、デマが流れることもある。
拡散され、情報そのものが古くなっている場合もある。
情報量は現在の方が圧倒的に多いが、正しい情報を得るのは難しくなっているのかもしれない。

被災者は多くのものを失ったり、精神的なダメージを負っていて、誰もがそんな姿を見られたくはない。
でも、取材するメディア担当者の多くは被災経験がない。
結果として、人として本来持ち合わせている「寄り添う」気持ちより「少しでも状況を伝えなければ」という考えが優先してしまう。
そんなメディア取材で嫌な思いをしたという話は、被災地でよく聞かれる。
「取材お断り」と掲示している避難所もたくさんある。
亡くなった人に鎮魂の思いを寄せている時に、土足で踏み込むような取材を持ちかけられたという話も聞く。
取材する側の課題だとおっしゃってました。
神戸新聞社の論説委員、三木康弘氏は阪神淡路大震災で神戸市東灘区の自宅が倒壊し、父親が生き埋めになった。
消防団の手には負えず、消防署も声を上げているなど反応のある人から順に救出していた。
3日目にようやく自衛隊が父親の遺体を出してくれた。
この経験から、これまで被災者の気持ちが全くわかっていなかった自分に気づいたそうである。
三木氏の経験が、神戸新聞社のその後の取材姿勢を大きく変えたとのこと。
2014年、丹波市豪雨災害の際、取材に来た神戸新聞社の女性記者は、私たちボランティアと一緒に床下の泥出しをした後、取材していた。
社風として引き継がれているのかもしれないなと感じた。

災害が起き、何度も報道される被災地の様子は、「忘れてはならない」「忘れないで」という思いを私たちに伝えてくれる。
その一方で、「こんなに追いかけなくても」「もっと被災された方の身になって」と思うこともある。
伝える側も、その報道も受け取る側も、『寄り添う』という気持ちを忘れてはならないと思った。

台風21号災害支援、5日目

台風21号災害支援、5日目
昨日に引き続き、台風21号災害支援で河内長野市へ。
昨日も伺ったお宅へ向い、まずは流れ込んだ土砂によって壊れたもの等を運び出しました。
これ、一般的には災害ゴミと呼ばれます。
ボランティアのみなさんが運び出してきたものを、表で積む作業をしていたんですが、いろんなものが運び出されてきました。
ダルマストーブ、羽釜、ミシン、書籍、ノート、壺、お皿、etc.
泥だらけになっていたら、パッと見はゴミ。
でも、実際には長年使っていたものだったり、かつては使っていた懐かしいものだったり、思い出の詰まったものたちです。
今日は家主さんが仕分けして「これは捨てる!」と決めたものだけを運び出しました。
泥だらけになっていても、被災された方にとっては思い出の詰まったもの、残しておきたいものって必ずあります。
支援活動の際も、「これはいらんやろ」と勝手に捨てるのではなく、家主さんに確認することがが、とても大切ですよね。
そんな確認すらできないケースもあります。
津波や河川の氾濫などによって、家財や家そのものが流されてしまった場合などです。
以前、ゴミ集積場で活動したことがあり、時間のある時に捨てられているものを見て回ったんですが、写真など思い出としてとっておきたいものも運ばれてきました。
それはきっと、元の持ち主がわからず、運ばれてきたものだと思いますが、キレイに洗浄して、元の持ち主を探し出せば、きっと喜んで下さいますよね。
写真は回収して、ボランティアセンターの方に託しました。
そういう活動も災害支援の1つだと思います。

運び出しのあとは、床下の泥出し。
当初は出さない予定だったそうですが、「ニオイが気になる」との申し出があったそうで、確認した結果泥出しすることになったとか。
家主さんの話では「ずっとココにいた私たちにはよくわからなかったけど、訪ねて来た知人からニオイがする。」と言われたそうです。
床下に潜る者、外からかき出す者、出された泥を土のうに詰める者、土のうを運ぶ者に分かれて作業。
床板をめくった和室の下は2~3cm程度の泥でしたが、崩れた山に一番近い縁側の下には20cmほども積もっていました。
床下泥出し、正解でした。
作業させいただいたお宅は、裏山が大きく崩れて土砂が流れ込むという被害の大きなお宅でしたが、それほどでもないお宅の場合は「大丈夫だろう」とか、「そのお宅に比べればたいしたことない」といった気持ちからボランティアの要請をしないこともありがち。
でも、床下の泥は家も傷めるし、カビが発生したり、虫がわいたりすれば、健康被害を及ぼすこともあります。
どうかそういうお宅がありませんように。

台風21号災害支援、4日目

台風21号災害支援、4日目 台風21号災害支援、4日目 台風21号災害支援、4日目
台風21号災害支援。
今日は大阪府河内長野市へ伺いました。
ほとんど報道されませんが、河内長野市でも台風被害が点在しているそうです。
午前中は裏の斜面が崩れたお宅で、蔵の清掃。
崩れた土砂の大半は既に撤去されており、家主さんの話ではトラック60杯分あったそうです。
狭い道幅から察するに、1t車か2t車と思われるので、60tあるいは120tもの土砂が崩れたことになります。
当日は強い雨が3回降ったそうで、1回目の時に斜面の下の方から水が吹いていたそうです。
そして2回目に雨が強くなった時点で避難することを決め、避難している間に強くなった3回目の雨で裏山が崩れ、家の中にまで土砂が流れ込んだそうです。
「避難していて良かったぁ~もしかしたら埋もれていたかもしれない。」と話して下さいました。
早めに避難するって、やっぱり大切ですね。

午後は、同じように裏の斜面が崩れたお宅で、土砂の撤去作業。
こちらもかなり広範囲に崩れていて、3チームに分かれて3方向から作業。
水分を多く含んだ重い泥をスコップですくって土のう袋に詰め、一輪車で運ぶ作業の繰り返し。
今日始まった作業ではないと思いますが、全てまだ数日はかかりそうです。

河内長野市、比較的新しい住宅地はおそらく山を切り開いた分譲地。
今日伺ったお宅はどちらも多く、裏に急な斜面のある谷あいに建つお宅でした。
そういう地理的なことに加え、被害にあったお宅が点在してるため、「市内の人の多くが被害があったこと知らないと思う。」と、一緒に活動した地元の方がみなさんがおっしゃっていました。
被災された方のために、みなさんの力をお貸し下さい。
ボランティアセンターの活動は12(日)までの予定、募集範囲は「河内長野市近隣の市町村にお住まいの方」となっていますが、それ以外の方も活動させていただけるようです。
詳しくはボランティアセンターへお問い合わせ下さい。
http://www.kawachinaganoshishakyo.or.jp/

少し余談ですが・・・。
ボランティアセンターに張ってあるテント「(贈)愛子さん」と書いてあります。
センターの方に伺うと、社協の利用者さんが遺産からの寄付を申し出て下さっていたそうで、そのお金で購入したそうです。そして親しみを込めて「(贈)愛子さん」と記したとのこと。互いに愛し、愛されてたからこその賜物ですね。

台風21号災害支援、3日目

台風21号災害支援、3日目 台風21号災害支援、3日目 台風21号災害支援、3日目
台風21号災害支援、3日目 台風21号災害支援、3日目 台風21号災害支援、3日目
今日は舞鶴市災害ボランティアセンターへ。
午前中はボラセンから車で5分ほどのお宅で活動。
駐車場に山になっていた土砂を土のう袋に詰めて表に出す作業です。
表に出しておけば、市が回収してくれる仕組み。
家と駐車場の間に幅1m×深さ1mほどの水路があり、川に流れ込めなくなった水が水路からあふれ、床上25cmまで浸かったそうです。
「2004年の台風23号の時は床上50cmまで浸かったので、今回はまだまし。」とおっしゃってました。
家の中の片づけもまだまだこれからだそうです。

午後からは車で25分ほど離れた地区へ。
その地区は、山からの土砂が広範囲に流れたようでした。
一番山に近いお宅で作業しましたが、家と山の間に広いスペース(お庭だったのかな?)があり、全体的に10~15cmほど堆積してました。
重機案件となりそうなニーズを雨の中人海戦術で乗り切りました。

明日もボランティアセンターは開設される予定だそうです。
お時間のある方はぜひ。
ホームページでは、事前申込となっていますが、当日受付もありました。
ただ、台風が近づいているので、無理はなさらないでください。

余談
舞鶴港に大きな客船が入港しており、近くの海鮮一番は中国人観光客の方々でいっぱいでした。

台風21号災害支援、2日目

台風21号災害支援、2日目 台風21号災害支援、2日目 台風21号災害支援、2日目
台風21号災害支援、2日目。
昨日作業させていただいたお宅で継続作業。
私は数人で、残っていた床下の泥出し、ブロックとコンクリートで作られた囲炉裏に流れ込んでいた泥を元々入っていた灰や石などと一緒に取り出しました。
他のメンバーは窓や縁側などの清掃などの作業を行いました。
最後は、昨日はがして洗った床板を各部屋へ戻す作業。
ここ福知山市では、災害時の消毒作業を行政がやるそうで、自治会長がその日程を調整しているらしい。
そういう自治体もあるんですね。
「消毒は今日午前中に来る」と家主さんから聞いていましたが、結局は来なかったため、床板は敷き直さず、各部屋に積み重ねておくことになりました。

ボランティアセンターに戻ると「現時点でのニーズには対応できたので、今日で一旦ボランティア募集を休止する」とのこと。
ボランティアが必要とされなくなることは良いことです。
過去に何度も水害を経験している地域で、自治会を中心に助け合う関係ができているからかもしれません。
でも実際には、ボランティアセンターのことを知らない方や、「あの人に比べたら被害が少ない」などと遠慮される方もいらっしゃると思います。
今週末また台風がやってくる予報も発表されています。
何ごともないのが一番ですが、また再開されることがあれば、お手伝いに伺いたいと思います。

台風21号災害支援

台風21号災害支援 台風21号災害支援
台風21号災害支援 台風21号災害支援
台風21号災害支援のため、京都府福知山市災害ボランティアセンターで活動してきました。
センターがあるのは福知山市大江町。
由良川沿いに町が広がり、何度も浸水被害にあってきた地域です。
過去にもかなりの高さまで水があふれ、モニュメントにその高さが記録されています。
川沿いの家々も、新築されたお宅は2mほどかさ上げした土地に建っていましたし、同じくらいの高さまで家をジャッキアップして、基礎を作る工事まっ最中のお宅もありました。
ただ、今回の水害は、由良川があふれたのではなく、山から流れてくる水が増水した由良川に流れ込めず、床下そして床上へと浸水していったそうです。
しかも由良川の水位が下がってきても浸水する深さがあがっていくという現象も起きていたとのこと。
いわゆる内水氾濫ですね。

今日の活動は、そんな川沿いのお宅で泥出し作業。
朝のオリエンテーションでは「床板は外さない」という話でしたが、「もしかしたら」とバールを持ってマイクロバスで移動。
予感は見事に当たって、床板を外すことになったんですが、釘ではなく、ビス留めされていたため、インパクトを取りに帰ることに。
「何があるかわからん」と、ありったけの道具を持って現場へ戻り、その後はスムーズに進みました。
伺ったお宅に限らず、ご近所の方、親戚や知り合いの方と思われるみなさんが作業されているお宅がたくさんあり、センタースタッフの方が「共助が進んでいる」とおっしゃっていた通りでした。
消防団の方々も、ポンプを使って道路清掃されてましたし。
共助はやっぱり大切ですね。

九州北部豪雨災害支援、通算7日目

九州北部豪雨災害支援、通算7日目 九州北部豪雨災害支援、通算7日目
九州北部豪雨災害支援、5日目。
1日目に台風対策の土のう積みさせていただいたお宅に伺い、泥出しのほぼ済んだ床下のブラッシング作業。
床下床上浸水したお宅の作業は、泥出し→根太や束のブラッシング→乾燥→消毒という流れで進みます。
4人での活動でしたが、全ての部屋を仕上げることはできませんでした。
今日以降活動されるみなさん、よろしくお願いします。
活動した場所は、復旧作業の工事車両と災害支援活動の車以外は通行止めのエリアでした。
出入口となるところには警備員の方がいるんですが、明らかに見物に来たと思われる車が次々とUターンさせれらていました。
「見てみたい」という気持ちがわからないでもないですが、被災された方のことを思うと「やっぱりそれはアカンやろ!」と思います。
活動後、発災当初からコーディネートされている方から「〇〇地区で活動した?」と聞かれました。
そこは被害の最も大きかった地区の1つですが、私はそこでは活動していません。
「活動するために行くことはもちろん必要だけど、ボランティアに来たからと言って、わざわざ見に行くというのは違いますよね。」という話になりました。

今日の活動でいったん帰路に就きました。
その途中、広島県の福山SAで若者2人のヒッチハイカーを乗せました。
2人1組かと思ったら、たまたた同じSAに居合わせた2人。
1人は大阪へ帰る途中、もう1人は友達に会うために東京へ向かう途中ということ。
楽しく話ながら、兵庫県の三木SAまで約2時間、最後にSAでお茶して別れました。
おかげで眠くもならず、無事帰宅。
九州北部豪雨の被災状況にも関心持ってくれたので、そのうちボランティア行ってくれるかな・・・。

九州北部豪雨災害支援、通算6日目

九州北部豪雨災害支援、通算6日目 九州北部豪雨災害支援、通算6日目 九州北部豪雨災害支援、通算6日目
今日は活動拠点の掃除をした後、避難準備情報が発令されて近くに開設した避難所へ味噌汁を作って数人で訪問。
避難者のみなさんとゆっくりおしゃべりすることができました。
夜には、災害救助法や被害認定、様々な支援制度支など、被災された方の生活再建に関する勉強会。
知らないこともいろいろあって、勉強になりました。

九州北部豪雨災害支援、通算5日目

九州北部豪雨災害支援、通算5日目 九州北部豪雨災害支援、通算5日目
九州北部豪雨の被災地、今日で4日目。
台風18号が近づき、遠ざかっていきました。
今日と明日、基本は屋内待機。
今日は事務作業をお手伝いしたあと、一昨日活動させてもらった窯元のギャラリー見学に伺いました。
400年続く窯元だけあって、先代・先々代の作品等も展示され、歴史を感じます。
それとともに、普段使いの器も、若い方や女性向きの作品も。
対応してくださった作家でもある奥様とは、お互いの仕事の話、関西にいらした時の話など、楽しくお話しさせていただきました。

九州北部豪雨災害支援、通算4日目

九州北部豪雨災害支援、通算4日目 九州北部豪雨災害支援、通算4日目 九州北部豪雨災害支援、通算4日目

今日も九州北部豪雨の被災地で支援活動。
昨日は朝倉市でしたが、今日は東峰村。
東峰村の小石原地区は高取焼・小石原焼という陶芸の里、たくさんの窯元があります。
そのうちの1軒に伺いました。
作業は、登り窯に水が流れ込まないよう水みちづくり。
裏山の土砂崩れによって、登り窯の上にあった石垣が崩れている状態ですが、本格的な復旧作業はまだまだ先。
台風18号が近づいてるため、水が窯に流れ込まないよう溝を堀り、窯側の水除けとしてブルーシートを張りました。
シートを押さえるための土のう約30個は、溝を掘った土をそのまま利用しました。

活動の多くは人が住む家が中心ですが、被害は仕事場だったり、農地だったり、様々。
台風で被害が広がりませんように。