Archive for 災害ボランティア

九州北部豪雨災害支援、通算7日目

九州北部豪雨災害支援、通算7日目 九州北部豪雨災害支援、通算7日目
九州北部豪雨災害支援、5日目。
1日目に台風対策の土のう積みさせていただいたお宅に伺い、泥出しのほぼ済んだ床下のブラッシング作業。
床下床上浸水したお宅の作業は、泥出し→根太や束のブラッシング→乾燥→消毒という流れで進みます。
4人での活動でしたが、全ての部屋を仕上げることはできませんでした。
今日以降活動されるみなさん、よろしくお願いします。
活動した場所は、復旧作業の工事車両と災害支援活動の車以外は通行止めのエリアでした。
出入口となるところには警備員の方がいるんですが、明らかに見物に来たと思われる車が次々とUターンさせれらていました。
「見てみたい」という気持ちがわからないでもないですが、被災された方のことを思うと「やっぱりそれはアカンやろ!」と思います。
活動後、発災当初からコーディネートされている方から「〇〇地区で活動した?」と聞かれました。
そこは被害の最も大きかった地区の1つですが、私はそこでは活動していません。
「活動するために行くことはもちろん必要だけど、ボランティアに来たからと言って、わざわざ見に行くというのは違いますよね。」という話になりました。

今日の活動でいったん帰路に就きました。
その途中、広島県の福山SAで若者2人のヒッチハイカーを乗せました。
2人1組かと思ったら、たまたた同じSAに居合わせた2人。
1人は大阪へ帰る途中、もう1人は友達に会うために東京へ向かう途中ということ。
楽しく話ながら、兵庫県の三木SAまで約2時間、最後にSAでお茶して別れました。
おかげで眠くもならず、無事帰宅。
九州北部豪雨の被災状況にも関心持ってくれたので、そのうちボランティア行ってくれるかな・・・。

九州北部豪雨災害支援、通算6日目

九州北部豪雨災害支援、通算6日目 九州北部豪雨災害支援、通算6日目 九州北部豪雨災害支援、通算6日目
今日は活動拠点の掃除をした後、避難準備情報が発令されて近くに開設した避難所へ味噌汁を作って数人で訪問。
避難者のみなさんとゆっくりおしゃべりすることができました。
夜には、災害救助法や被害認定、様々な支援制度支など、被災された方の生活再建に関する勉強会。
知らないこともいろいろあって、勉強になりました。

九州北部豪雨災害支援、通算5日目

九州北部豪雨災害支援、通算5日目 九州北部豪雨災害支援、通算5日目
九州北部豪雨の被災地、今日で4日目。
台風18号が近づき、遠ざかっていきました。
今日と明日、基本は屋内待機。
今日は事務作業をお手伝いしたあと、一昨日活動させてもらった窯元のギャラリー見学に伺いました。
400年続く窯元だけあって、先代・先々代の作品等も展示され、歴史を感じます。
それとともに、普段使いの器も、若い方や女性向きの作品も。
対応してくださった作家でもある奥様とは、お互いの仕事の話、関西にいらした時の話など、楽しくお話しさせていただきました。

九州北部豪雨災害支援、通算4日目

九州北部豪雨災害支援、通算4日目 九州北部豪雨災害支援、通算4日目 九州北部豪雨災害支援、通算4日目

今日も九州北部豪雨の被災地で支援活動。
昨日は朝倉市でしたが、今日は東峰村。
東峰村の小石原地区は高取焼・小石原焼という陶芸の里、たくさんの窯元があります。
そのうちの1軒に伺いました。
作業は、登り窯に水が流れ込まないよう水みちづくり。
裏山の土砂崩れによって、登り窯の上にあった石垣が崩れている状態ですが、本格的な復旧作業はまだまだ先。
台風18号が近づいてるため、水が窯に流れ込まないよう溝を堀り、窯側の水除けとしてブルーシートを張りました。
シートを押さえるための土のう約30個は、溝を掘った土をそのまま利用しました。

活動の多くは人が住む家が中心ですが、被害は仕事場だったり、農地だったり、様々。
台風で被害が広がりませんように。

九州北部豪雨災害支援、通算3日目

九州北部豪雨災害支援、通算3日目 九州北部豪雨災害支援、通算3日目 九州北部豪雨災害支援、通算3日目
2ヶ月前に発生した九州北部豪雨の被災地、朝倉市に来ています。
今日伺ったお宅があるのは、杷木松末地区。
赤谷川沿いの一帯は、今なお災害復旧車両と災害支援車両以外は全面通行止めのエリアです。
河川の氾濫と土砂崩れの爪跡がまだまだ残っています。
河川が土砂で埋まったままなので、雨が降るたびに水があふれて、また一から泥だし作業になってるそうです。
泥を出す作業自体も大変ですが、精神的にも辛いですよね。

台風18号がこれからやってきます。
今日伺ったお宅は、今回の災害で裏にあった深さ4mあった側溝が埋まったために排水ができなくなり、倉庫に水が流れ込んでいます。
その水は更に母屋の布基礎の下に流れ込む事態。
業者が土砂を撤去するのはいつになるかわからないので、今できる対策として、母屋に流れ込まないよう、20人ほどで土のうを作って積んで水の誘導路を作りました。
雨のたびに土砂で埋まるという小さな溝もさらえました。
どうか台風18号による被害が出ませんように。

東峰村災害支援2日目

東峰村災害支援2日目 東峰村災害支援2日目 東峰村災害支援2日目
東峰村災害支援2日目 東峰村災害支援2日目 東峰村災害支援2日目
東峰村災害支援2日目 東峰村災害支援2日目 東峰村災害支援2日目
東峰村災害支援2日目 東峰村災害支援2日目 
東峰村での支援活動2日目。
朝、時間があったので、先日まで通行止めになっていた国道211号線を南下してきました。
国道沿いの斜面はあちこちで崩れ、氾濫した河川の護岸も崩れ、国道も片側通行になっている所が何ヶ所もあります。
川沿いの農地にもたくさんの土砂が流れ込み、発災から1ヶ月近くたってもまだまだこれからという感じを受けました。
今日聞いた話では、重機でないと取り除けないほどの土砂が流れ込んでいるお宅もまだあるらしく、長期にわたる支援が必要です。

一方で、床下泥出し作業をさせていただいたお宅の家主さんとお話しすると、「仕事を何日も休むわけにいかないし、ボランティアをお願いしてもこんなに早く終わるとは思ってなかった。おかげでお盆に向けてやらなきゃならないことができます。ありがたい。」とおっしゃっていました。
一歩ずつ進んでいることも事実です。
「毎日暑いですし、あまり無理せず、ぼちぼちやってくださいね。」と挨拶して、活動を終えました。

一緒に活動したメンバーの中には、一昨年の北関東・東北豪雨災害で鬼怒川が決壊した常総市の市役所職員の方がいらっしゃいました。
明日は役場を訪ね、被災した時の状況やどんな支援を受けたか、どう動いたかなど、被災自治体だからこそわかる大変さ・復旧復興に向けた道筋・必ず復旧できることなどを伝えるそうです。
被災して、なかなか先が見通せない状況にある自治体にとって、他自治体の前例を聞くことは、きっと「自分たちにもできる」と勇気を与えるでしょうね。

The Day Project Meeting in 南阿蘇村 vol.1

The Day Project Meeting in 南阿蘇村 vol.1 The Day Project Meeting in 南阿蘇村 vol.1 The Day Project Meeting in 南阿蘇村 vol.1

今日もイベントのお手伝い。
『The Day Project Meeting in 南阿蘇村 vol.1』
主催するのは、熊本地震後に南阿蘇村の復旧・復興を目的として90もの事業者が作った南阿蘇村観光復興プロジェクト交流協議会です。
「故郷を同じくする村人が、4/16という特別な日に集い、同じ時間を過ごし、心を寄せあうことが必要なんじゃないか」と企画されたイベントです。
南阿蘇村在住のアーティストが作った映像作品の上映を中心に音楽やスピーチなどのプログラム。
村外のアーティストにも、自分たちの想いを伝え、南阿蘇村に何度も足を運んでいただいたそうです。
イベントの主旨からわかるように、ターゲットは南阿蘇村に住む人々。
映像作品の多くには、たくさんの村民が登場されていたし、通路に張り出されたポスター作品にも笑顔があふれていました。
「地震によっていろんなものを失ったけど、やっぱり南阿蘇が大好きで、住み続けたい!」
そんな想いをみんなで再確認するステキなイベントだったと思います。
大人だけではなく、小さなお子さんを連れたご家族も多かったし、中学生や高校生も学校として参加していたのは地元ならでは。
これからの阿蘇を担うのは、子どもたちですもんね。

復興に限らず、町おこしのような取り組みを検討する際、重鎮と呼ばれる人たちをはじめ、年配者の意見で進んでしまうことは多いと思います。
しかし、協議会では若い世代に企画を託し、年配の方々は企業協賛を募る、関係各所へ調整するといった裏方に回ったと聞きました。
できそうだけど、なかなかできないことですね。

イベント名にVol.1とあるように、また来年も開催されるようです。
回を重ねるのに比例して、南阿蘇村は、ますますステキになりそう。
その時は、ゆっくり観光に来たいと思います。

熊本地震から1年

熊本地震から1年 熊本地震から1年
熊本地震で大きな被害を受けた南阿蘇村黒川地区へ。
熊本地震前に廃校になった小学校で行われたイベント会場で車の誘導をお手伝い。
午前中は日蓮宗の復興祈念法要が行われ、午後はとある団体主催のイベントでした。
熊本県内各所で様々なイベントが行われたと思います。
午前中は日蓮宗の復興祈念法要が営まれ、午後はとある団体主催のイベントでした。
今日感じたことを少し。
「誰もが、津波や原発事故のあった東日本大震災とその後の災害をついつい比べてしまいがち。そして被害は少ないと、支援団体は早めに去ってゆく。でも私たちは1年たった今だからこそ必要と考え、支援を行います。」と、主催者はあいさつされました。
果たしてそうでしょうか?
長く支援を続けることが大事なのではなく、被災された方が自らの力で立ち上がり、いかに支援を終えるかが大切なのでは?と思います。
長く支援を続けることが、かえって自立の力を奪ってしまう。
そういうこともありますよね。
イベントは、歌手や落語家を連れてきて、元気づけるというものでした。
以前観たポバティ・インクというドキュメント映画が思い出されます。
有名人であればあるほど、声を大きくして支援を訴えれば訴えるほど「被災した人たちや貧しい国の人たちは自分たちでは何もできず、支援が必要な人たちなんだよ。」という印象を与えてしまう。
どことなく上から目線だったり、自分たちに酔ってるように感じてました。
イベントが終われば、テントで打ち上げも始まったようでした。
笑い声も漏れてきます。
ここは被災地、しかも熊本地震から1年の日。
多くの方が亡くなった方のことや、無くしたもののことを思い過ごす日にもかかわらず…。

南阿蘇村に大きな被害をもたらしたのは、4/16午前1:25の熊本地震本震。
東海大学農学部の学生有志とそのときを迎え、亡くなったみなさんの献灯し静かな時間を過ごしました。

大杉ダムさくらまつり

大杉ダムさくらまつり 大杉ダムさくらまつり 大杉ダムさくらまつり
2014年8月、豪雨が襲って大きな被害が出た丹波市市島町。
あれから3度目のさくらまつりです。
復旧途中のため、昨年はグルッと一周できなかったダムも、今年は回れるようになりました。
まだ復旧工事や防災のための工事をやっている箇所もまだありますが、それももうあと少しのようです。
朝まで雨が降っていたせいか、少し肌寒い丹波でしたが、満開の桜のもと、地域の方はお花見を楽しんでおられました。

倉吉市災害ボランティアセンター閉所に向けて

倉吉市災害ボランティアセンター閉所に向けて 倉吉市災害ボランティアセンター閉所に向けて 倉吉市災害ボランティアセンター閉所に向けて
昨年10月21日に発生した鳥取中部地震から5ヶ月。
今月末をもって倉吉市災害ボランティアセンターは閉所となり、通常のボランティアセンターに移行します。
今日は災害ボランティアセンターとして最後の活動日でした。
午前中は屋根のブルーシート張り。

午後は、お疲れさま会が催され、参加されたみなさんが一言ずつあいさつすることに。
ボランティアセンタースタッフの方々、地元倉吉市のボランティアのみなさんに共通していたのは『全国から集まったボランティアへの感謝の言葉』でした。
事務局長からは「彼らがいなければ、運営できなかった」と、立ち上げ時にサポートしてくれた災害支援団体の方々への感謝。
そして、「起きては欲しくないけど、もし次にどこかで災害があったら、必ずみんなで支援に行きます!」という言葉もありました。

災害ボランティアセンターの立ち上げに15年ほど関わってこられた災害支援団体の方からは「倉吉はいい意味で緩いボランティアセンターだった」というお話し。
災害が起き、何とかがんばって復旧させようと奔走するボランティアセンターには、緊張やピリピリムードがあり、「本当にそれでいいんだろうか?」と思っておられたそうです。
しかし、倉吉市災害ボラセンは、被災という辛い状況にありながらも、被災者さんが笑顔に、ボランティアも笑顔になるような対応をしてこられました。
だからこそ、今日のようなお疲れさま会を開くことができたんでしょう。
社協のみなさんの「社協に来た人には笑顔で帰ってもらう」という普段からの心がけと取り組みがそうさせたのかもしれません。
私もいくつかのボランティアセンターで活動させていただきましたが、倉吉が一番垣根が低いと感じています。
何度も通うボランティアがスタッフと仲良くなるのはもちろん、初めてのボランティアであってもスタッフとの距離が近いように感じます。
スタッフのみなさんが積極的にボランティアに声かけしているからかな。

お疲れさま会では、発災から5ヶ月間の活動をつづったスライドショーも上映されました。
この5ヶ月間、ボランティアセンターを支えてくださった倉吉市社協、倉吉市役所、その他関連部署や関連団体のみなさん、本当にお疲れさまでした。
閉所と知って、被災された方からの電話が増えたという話も聞きました。
通常のボランティアセンターに移行しても、ニーズはまだありそうです。
被災された方の自立を考えると、いつまでお手伝いすべきかということも気になりますが、もう少し関わっていければと思っています。