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救命体験 in 西脇

救命体験 in 西脇
西脇での救命体験。
今日は朝から好スタート!
準備が終わるや否や多くの方が体験されました。
その後は、暇な時間帯と忙しい時間帯の繰り返し。
今までで一番多くの方に体験していただけました。
みなさん、ありがとうございます。

明日は、ザ・ビッグ篠山店の店頭で行います。
まずは家族の万が一に備えるため、体験してみませんか?
AEDの使い方も学べます。

27,000km

27,000km
バイクの走行距離が27,000kmになりました。
乗り始めてから4年4ヶ月。
と言うことは月平均520km。
あまり遠出してないことを考えれば、まずまず乗ってる方かな。
ようやく暖かくなってきたし、これからどんどん走りますよ~!

台湾料理店ができた

台湾料理店ができた
わが家から一番近かったコンビニ。
と言っても5km位は離れてますが・・・。
そのコンビニが閉店して随分たちますが、台湾料理店になっちゃいました。
どんな味なのかな?
一度は行ってみたいと思います。

ドレッサー

ドレッサー ドレッサー
ドレッサー作りも佳境。
引き出しの調整が終われば、全体の塗装作業へ。
完成まであと少し。
もう少々お待ち下さいネ。

借上復興住宅問題

借上復興住宅問題
阪神淡路大震災から22年。
自身で家を失い、避難所→仮設住宅→復興住宅と移り住んだ多くの人々。
公営それとも借り上げ、どちらの復興住宅に移り住んだか、どの自治体の借上復興住宅に移り住んだかで、22年後の今、大きな違いが生じています。
継続入居を認められる人、入居時には知らされなかった期限を盾に退去を余儀なくされる人、引っ越すあてがなく住み続け、裁判で訴えられる人。
震災当時1才だった友人が大学時代に知り、関わり続けたこの問題が、本になりました。
22才が見た聞いた考えた「被災者のニーズ」と「居住の権利」
ぜひ手に取ってもらえればと思います。
https://goo.gl/OMqPO6

引き出し製作中

引き出し製作中
引き出しを製作中。
右下の引き出しは深さがあるので、引き出しレールを取り付けます。
ドレッサーなので、背の高い化粧品もありますもんね。

避難者の今を知る

東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream 東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream 福島の今を知る
『東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream』
http://sandori2014.blog.fc2.com/
梅田での展示も今年で3回目。
「やっぱり見ておきたい、知っておきたい」と思い、午後から行ってきました。
避難者を囲んだ座談会が行われるとあって、狭いスペースに30人ほどが集まっていました。
強制避難となった帰還困難区域にお住まいだった方とお話ししました。
福島県内のとある応急仮設住宅に移り、その後転勤により関西へ。
そういう経緯だったこともあり、関西に避難してこられた知り合いはおらず、この展示をテレビで知り、「ひょっとしたら知り合いに会えるかも」と思って来られたそうです。
仲の良かった友達も別の所に避難し、さらにそこから転居されてたりして、連絡の取れないケースが多いそうです。
年賀状も戻ってくるとおっしゃっていました。
残念ながら、今日は知り合いの方との出会いはありませんでした。
強制避難区域外から避難された自主避難者と呼ばれる方は、私もたくさん知り合いがいますが、強制避難区域内から避難してこられた方は全く知りません。
他に選択肢がなく、避難を余儀なくされた強制避難。
家・仕事・コミュニティなどをあきらめ、命や健康を最優先に考えて、悩みに悩んだ末に選んだ自主避難。
原発事故がなければ、どちらの方も、愛する故郷で平穏で幸せな日々をおくっていたはずなのに・・・。
まずは知ることから、みなさんも始めてみませんか。

展示会場に2冊の雑誌が置いてありました。
週刊金曜日 3/10号には「東電福島第一原発事故6年後の真実」、THE BIG ISSUE 3/1号には「7年目の福島、帰りますか?」という特集が掲載されていました。
さっそく帰りに購入しました。
みなさんもぜひ読んでみて下さい。

「震災から家族と地域を考える」シンポジウム

倉吉市「震災から家族と地域を考える」シンポジウム
昨年10月に鳥取中部地震で被災した倉吉市。
5ヶ月がたとうとする今日、「震災から家族と地域を考える」シンポジウムが開催されました。
倉吉市民の方が対象のシンポジウムですが、支援活動したボランティアも参加できるとのことだったので、「きっと学ぶべきものがある」と思い、参加してきました。

第1部は、映画『ふたりの桃源郷』の上映。
山での2人暮らし、例え山を下りても山に心のある夫婦と、それを支える家族の25年を記録したドキュメンタリーです。
人は皆、年老いていく。
その時に本人はもちろん、家族が何を大切にするかを考えさせられる映画でした。
本筋ではありませんが、老老介護の現実も垣間見ました。
http://www.kry.co.jp/movie/tougenkyou/

第2部は、被災された方や支援活動された方からの報告。
前半のお2人は、災害時に地域に住まわれる皆さんの安否確認をする立場の方。
最初の方は、500世帯1,000人以上が住む地区の公民館長。
14時7分の地震発生後、地区の被害を確認するとともに、高齢者や独居者の安否確認をするために、夜遅くまで自転車で走り回ったとのこと。
避難所開設のを地区の放送で流してからは、安否確認に訪ねた高齢者の方々に「避難所へ連れて行ってほしい」と頼まれることもあり、当日は3分の2くらいしか確認できなかったそうです。
翌日は、倉吉市内の被害状況や罹災証明に関する案内や「被害状況を写真に撮るように」いうアドバイを放送しつつ、自転車でまた安否確認に走ったそうです。
これができたのも、普段から高齢者や独居者の支援台帳をきちんと作ってあったからだと振り返っておられました。
さらに素晴らしいと思ったのは、発災から3ヶ月後に住民アンケートを実施されたこと。
特に「近所の人の安否確認をしましたか?」という項目への回答が知りたかったそうで、結果は「両隣・向かいのお宅くらいは当然した」というもの。
そうであるなら、より迅速に安否確認できるよう、キチンと仕組みとして作ちたいとおっしゃってました。
次の発表は、2,400世帯5,500人が暮らす地区で民生児童委員をされている方。
本来の見守り対象は140名ほどだそうですが、自治会加入率が64%と低く、加入してない方への対応を民生児童委員が対応することになっているらしく、負担が大きかったそうです。
万が一に備え、自治会・福祉施設などの関係者と連携することが大切だとおっしゃっていました
その後、小学生の登下校見守りを行ったり、ボランティアセンター駐車場の誘導係を行っていたそうです。
知らず知らずのうちに、私もお世話になっていました。
後半は、支援活動にかかわったお2人。
まずは、青年会議所の方。
青年会議所というのは、20~40才の青年経済人で構成される世界的な組織だそうです。
家族の安否、社員の安否確認後は、炊き出しをはじめとして、屋根復旧作業に必要となったUV土のう袋・ブルーシートなどの資材調達やボランティアセンターで必要な軽トラックの手配などを行い、中国地方の青年会議所にボランティアを呼びかけ、ご自身も実際に屋根の復旧作業をされてきたとのことでした。
一段落したあとは、倉吉ばえん祭・ニューレトロ祭といったイベントを企画運営とのこと。
災害後は、みんなで集まって楽しむ・笑うということがなかなかしづらい。
そういう時に、みんなが集える場・笑い合える場はとても大切だと思います。
最後の発表は、鳥取大学生。
熊本地震のあと、何かできないかと「鳥取発信復興支援災害プロジェクト」を発足したところに発生した鳥取中部地震。
災害ボランティアセンターと鳥取大学生をつなぐ役割を担い、多くの学生をボランティアに連れてきてくれました。
また、鳥取駅で街頭募金も行ったそうです。
若者がいると、ボランティアセンターも活気づくし、活動に伺ったお宅のみなさんも力をもらったり、笑顔になったりします。
若さって素晴らしい!
今後は、家屋の片付けや心身のケアなどの復興支援を継続し、自分たちの防災意識を高める活動を行っていきたいと報告されていました。
全国からの災害支援は、いつか収束していくもの。
地元のがんばりに期待しましょう。

シンポジウムの最後には、地震発生後から今に至る写真のスライドショーが流されました。
発災から5ヶ月、全国からのいろんな支援があって、今につながっていることを再確認できた映像でした。

一般的に、都会は近所づきあいが薄く、田舎は濃い。
でも、地区によっては、学生や若者の住むアパートやマンションが多い場合もあり、どうやって普段から関係を作っておくかが課題でもあり、大切なことだと感じるシンポジウムでした。

6度目の3.11

6度目の3.11 6度目の3.11
6度目の3.11。
午前中は、地元の防災フォーラムに、リレートークのゲストとして参加。
福島から子どもたちを招いている『笑顔つながるささやまステイ』の活動紹介と、なぜやっているのかを知ってもらうために、福島の今についてお話しさせていただきました。
持ち時間が107分と短く、上手くまとめきれなかったので、伝えたいことの7~8割くらいしかお話しできませんでした。
他にも、被災地へ行って活動されている3団体からも報告があり、その後全員が舞台に上がってディスカッション。
とある方から、東北へ行き、「どんな支援が必要ですか?」と尋ねると、「忘れないでほしい」と言われるそうです。
その話から「つながり、絆が大切」という意見が出たところで、マイクが回ってきました。
つながりは大切、でも私のつながり方は絆という言葉とはニュアンスが違います。
私の場合、活動を通して知りあったみなさんは、友達なんです。
友達だから、東北で地震があれば心配になり、メールを送ったりする。
福島へ行くことがあれば、一緒にご飯食べたり、飲みに行ったりする。
逆に「娘が高校受かったよ!」と連絡をいただくこともある。
フォーラムを終えると、そのことをほめてくださった方がいました。
「間違ってないな!」
リレートークは失敗もあったけど、嬉しいフォーラムでした。
6度目の3.11 6度目の3.11 6度目の3.11
午後は福知山に移動して、ともしびプロジェクトに参加。
ともしびプロジェクトは、誰でも1人でもできる活動です。
詳しくは、http://tomoshibi311.com/
福知山のともしびプロジェクトは、顔の見える少人数で。
今回は、新聞スリッパを作ったり非常食を試食したりしながら、それぞれの知りたいことを問いかけたり、知ってることを情報共有したりしました。
「義援金はちゃんと被災者の方に届いてるんだろうか?」
「支援物資も送り方によっては、仕分けの手間が増え、かえって迷惑になることもある。」
「最近の非常食って、おいしいね。」
「L字金具で食器棚を固定しなきゃ!」
NHKの「つくってまもろう」というホームページでは、防災アイディアグッズを作る動画が公開されていることも知りました。
https://www3.nhk.or.jp/news/contents/bousai_tips/
いろいろ活動している人、これから活動しようと思ってる人、まずは自分が備えようと思ってる人、とりあえず知りたい人、等々。
ともしびプロジェクトは、全国各地で行われていて、誰でも参加できます。
次はあなたもぜひ!

3.11を前に京都で

3.11を前に京都で 3.11を前に京都で 3.11を前に京都で
3.11を前に京都で 3.11を前に京都で
3.11を前に、今日は1日京都へ。
まずは、京都府災害ボランティアセンターを見学。
災害ボランティアセンターと言うと、災害が起きた際に立ち上げるものと思ってましたが、京都には府そして各市に常設のボランティアセンターがあり、万が一に備えて機材を備蓄したり、調査研究を行うだけでなく、人材育成の研修を行ったり、各種団体や企業とのネットワーク作りを行っています。
「災害はいつどこでおきてもおかしくない!」
そう考えると、万が一に備えて、人材育成やネットワーク作りをすることは、防災・減災の1つと言えるかもしれません。

続いては、京都大学で行われるシンポジウム『災害の時代に備える』を聴講。
兵庫県立大学防災教育研究センター長の室崎さん、前新潟県知事の泉田さんの講演をはじめ、盛りだくさん。
ゲストが多く、それぞれの持ち時間が短かったため、機会があれば、それぞれのお話しをゆっくりとまた聴いてみたいなと思いました。
お二人のお話を少し紹介。
<室崎さんのお話>
災害や復興の経験が伝承されないために、災害が起きる度に同じ過ちを繰り返している。
被災したことで、次の防災・減災対策を学ぶことにばかり目がいき、復興のプロセスから学ぶことが不足している。
上手くいった成功体験は次に伝わるが、失敗したことも伝える必要がある。
起きたことからも、起きなかったことからも学ぶことが必要。
人の命は事前の備えでしか守れない。
地域に根ざした:ボトムアップ型の減災を強化していくことが大切。
安全は必要だが、人は安全だけで暮らしているわけではない。
避難生活や仮設暮らしが長引くほど、被災者の苦しみは増すため、いかにして早く元の生活を取り戻すかを考えてなければならない。
被災者に寄り添い、災害関連死などの間接被害をいかに防ぐかが問われている。
<泉田さんのお話>
室崎さんの話された伝承されないことについて、「本来、一番災害を経験しているおは国の防災担当のはず。しかし1年半~2年で転勤で交代してしまう」「市町村はそれぞれの面積が小さく、被災経験がない」ということをあげられた。
県という広さでは2年に一度くらいは何らかお災害に見舞われる。
だから新潟県では、経験を伝承すべく、防災担当は配転までの期間を長く取っている。
知事として初登庁する2日前に中越地震が発生。
責任を取れるかどうかで、災害対応のスピードが決まる。
例えば、仮設住宅建設は見込みで作りすぎると、国から「税金の無駄遣い」を問われるため、どうしても被災者ニーズを把握してからとなりやすいが、それでは避難所生活が長くなってしまう。
「責任は俺が取る」という姿勢で、被災者の生活再建を優先して考えることが自治体の長には求められる。

講演後は、ウィングス京都で開催中の写真展『フクシマは叫ぶ~これが明日のふるさとか~』を見に行きました。
見たことのあるもの、知っていることも多かったんですが、一番心に響いたのは写真ではなく、原発賠償訴訟の原告おふたりの意見陳述書。
そこには、子どもたちの命と健康を守るために避難を決意してから今までの様子や気持ちが書かれていました。
ただ、普通に幸せな日々を送っていたのに、ある日突然それが奪われた。
そんな思いで避難している方々が全国各地にいることを多くの方に知っていただきたいです。
写真展は、明日11日19時まで、お時間のある方はぜひ。