Archive for 2017年12月31日

淡路島とらふぐ 淡路島とらふぐ 淡路島とらふぐ

大晦日、淡路島とらふぐを美味しくいただきました。
2017年お世話になったみなさん、ありがとうございました。
2018年もよろしくお願いします!

どうぞ良いお年を!!

カキ三昧

カキ三昧
ありがたいことに、友人からお歳暮が届きました。
岩ガキです。
今夜は豪勢にカキ三昧。
美味しくいただきました。

災害弱者支援・防災事例検討会

災害弱者支援・防災事例検討会
尼崎市で行われた『災害弱者支援・防災事例検討会』にオブザーバー参加。
障害者支援、在住外国人支援など4つのNPO団体の取り組みが事例報告され、市職員の方からは今年6月に発行した『要支援者避難支援指針』の概要説明がありました。
報告された方の1人は障害者を持つ中国人女性。
4年間、尼崎市の防災委員として、様々なアドバイスを行ってきたそうです。
障害者であり、外国人であり、女性でもある。
どの立場も災害時に支援や配慮が必要となる立場で、そのアドバイスは男性ばかり・健常者ばかりでは気づかないことばかりだったと容易に想像できます。
みなさんの自治体はどうですか?
支援策を考える場に当事者が参加することは、大切ですよね。

検討会の中で一番多かった話題は、普段から地域との関わりを作ること。
作業所などの福祉施設が、その地区の自治会に入ることで、回覧を持ってきてくれたついでに声をかけてもらったり、地区の行事や防災訓練に参加したり。
そういう顔の見える関係を築くことが災害時に手助けしてもらうことにつながる。
さらには福祉施設で地域の避難者を受け入れたり、地域の人も対象として炊き出しをしたりすれば、その後も良好な関係が続くだろうという話でした。

他に気になった話を紹介すると・・・。
・福祉施設は日常起きうる小さな事故にはアンテナを張っているが、大きな災害に対するアンテナは張ってない施設が多い。
・乳幼児のママたちは自分たちが要支援者という認識がなく、保育園や幼稚園に通ってない子どものママたちは自治体も要支援者として把握し切れていない。
・人口45万人の尼崎市で、要支援者名簿に掲載されるのは9万人もいる。支援する側の人数が足りず、全ては無理。ランク付けして「この人だけは助けに行く!」という対象を決める必要がある。
・要支援者には高齢者が多く、平時の独居孤独死も増えている。災害時と平時を分けて支援が必要か否かを考えるのは難しい。

と、こんな感じ。
実際に活用するのはまだまだこれからですが、尼崎市が要支援者の避難支援指針をまとめ、配布しているのは素晴らしい。

しめ縄づくり

しめ縄づくり しめ縄づくり しめ縄づくり
の住む集落には、小さいながらも戎神社があります。
今日は、その鳥居に飾るしめ縄づくり。
みんなで作るのは、ノウハウ継承のためですが、年に1回だとなかなか覚えられません。

機種変更

機種変更
スマホ機種変更しました。
2年半使っているうちに、何をするにも動作があまりに緩慢になり、「そろそろ限界かなぁ~」と。
何ヶ月か前からは、おサイフケータイの機能が使えなくなって不便だったことも理由の1つ。
最新ではないけど、現行機種になって快適!
どんな機能があるのか調べて、しっかり使い込みたいです。

座っ展、打合せ

座っ展、打合せ
毎年、ゴールデンウイークに丹波年輪の里で開催される椅子の展示イベント『座っ展(すわってん)』
来年の開催に向けて、打合せに参加してきました。
椅子を中心に製作している人もいれば、そうでない人もいる。
作風も人それぞれで、30脚ほど集まるとなかなか面白い。
ほとんどの椅子に座っていただけるので、来場される方も座り心地を楽しまれます。
せっかくの椅子展、単に座るだけでなく、何か楽しかったり、ちょっと役に立つような…
そんな椅子を展示したいと考えています。
まだノーアイディア、しばらく頭を悩ませます。

留学生・在住外国人と一緒に学ぶ防災ワークショップ

留学生・在住外国人と一緒に学ぶ防災ワークショップ 留学生・在住外国人と一緒に学ぶ防災ワークショップ 留学生・在住外国人と一緒に学ぶ防災ワークショップ 
留学生・在住外国人と一緒に学ぶ防災ワークショップ 留学生・在住外国人と一緒に学ぶ防災ワークショップ 留学生・在住外国人と一緒に学ぶ防災ワークショップ
『留学生・在住外国人と日本人学生・日本人がともに学ぶ防災ワークショップ』に参加。
主催は、大学コンソーシアムひょうご神戸。
災害時に配慮が必要となる方々と言えば、高齢者、障がい者、妊婦、etc.
そして外国人の方たち。
今回は外国人の方たちと一緒に学び、直接話を聞ける良い機会でした。

避難所を想定した大きな部屋に避難し、グループ毎に5つのコーナーを体験します。
避難所の掲示板を見ながら必要な情報を探すクイズ、看護師へ健康相談、ダンボールトイレとベッドの組み立て、AEDを使った救命体験、海外の災害や宗教によって必要となる配慮のみに講座。
必要な情報を探すクイズや看護師への健康相談は外国人の方とペアを組んでチャレンジ。
私がペアを組んだのは在日5年の留学生で、日本語もすごく上手。
私が手助けする必要は全くありませんでした。
でもこれが、日本へ来たばかりだったり、日本語が全くできない外国人の方ったら、状況は一変。
身振り手振りで何とかしようとあたふたしている自分の姿が想像できます。
宗教に関するミニ講座では、イスラム教のルール。
いろいろあるとは知ってましたが、具体的なことを聞くのは始めてでした。
食べ物については、ハラールでなければならない、豚肉とお酒はNG。
今日昼食として出されたカレーももちろんハラールでした。
1日5回の礼拝のためには、身を清めるキレイな水が必要で、メッカの方向を向いて祈ることができるスペースも必要。
衣類について、女性は顔と手を除いて素肌を見せてはならないことは知っていましたが、男性は裾が直接地面に触れてはならない、絹もNGと知りました。

その後は、熊本地震で被災した留学生の団体KEEP(Kumamoto Earthquake Experience Project)メンバーによる講演。
「地震の際、部屋に1人でいると不安だったし、テレビで流れる情報はどれも日本語だったので、自分に必要な情報がわからなかった。でも、近所の人たちと近くの公園へ避難したことで安心したし、必要な情報も何とか伝えようとしてくれて、助かりました。」とおっしゃっていました。
結果的に、近所の人ともコミュニケーションが増えたそうです。
逆に考えると、普段のご近所づきあいが大切ということですよね。
KEEPは、自分たちの被災経験を伝えるとともに、外国人のための防災・減災政策へのアドバイス、さらには普段から外国人と日本人が交流できる多文化国家に日本がなるようにお手伝いをしていきたいそうです。
ホームページは、こちら

最後は、今日学んだことから「避難所で気をつけること」「災害のために準備しておくこと」をグループ毎にを整理しました。

私の住む篠山市の人口は約42,000人、その1%400人が外国人だそうです。
移住者よりは、事業所や工場で3年ほど働いて母国に帰る外国人が多いように思います。
もしそうなら、日本語以外の情報を必要としている人が、いつも一定の割合でいることになります。
たくさんの外国人と交流する機会はほとんどありませんが、何か考えて行く必要があるなと思いました。

フォローアップ研修

フォローアップ研修 フォローアップ研修 フォローアップ研修
ひょうご防災リーダーのフォローアップ研修を受けてきました。
午前中は、東大講師による講義。
『自主防災組織における危機管理とタイムライン』
災害が起きた時、何をしなければならないか、それは誰がやるのか。
机上で考えていただけでは、いざという時に使えない。
関連する行政や地域住民などが実際を想定して訓練し、明らかになった課題を解決して、また訓練する。
それが大事。
ものすごーく簡単に言うと、そういうことでした。
午後からは、『避難鼓動訓練 EVAG』
初めてやるロールプレイングゲームでした。
家族が一緒にいる時に災害が起きるとは限らない。
体長を崩したり、ケガをしている時に起きるかもしれない。
ペットを飼ってる人がいる、外国人がいる、1人暮らしの高齢者がいる、近所づきあいがない人もいる、等々。
EVAGは、まず属性カードをひき、そこに書いてある人物になりきって、迫ってくる自然災害のどの段階で避難するか/しないかを判断していく。
私のひいた属性カードは、写真の左側50代男性のカードでした。
息子は外出している、留学生を預かっている、ペットもいる。
時間の経過とともに得られる災害に関する情報を踏まえて、その男性になりきって考え、判断する。
避難する途中でもトラブルに見舞われたり、避難所でも様々な課題について考え判断することが必要とされる。
災害発生の段階でゲームは終了し、それぞれが向き合った課題をグループでシェアし、どんな対策が必要か・有効かを洗い出していく。
避難について考える時、ついつい自分が体調バッチリの状態で考えてしまうが、そうではないこと、また地域にはいろんな人が住んでいることを考えさせられるゲームでした。
機会を作って、またやってみたいです。

震災から7年目の「兆し」

震災から7年目の「兆し」
東日本大震災から7年目の「兆し」
~福島県浪江町から避難した福祉作業所の経験と今~

昨日は、原発から10km強にあった作業所の経験と今に関するお話し会に参加してきました。
3月11日、当日は通院される方が多かったこともあり、作業所には職員2名と利用者5名しかおらず。
そして地震。
作業所は山あいにあり、津波が自分たちの町を襲っているとは考えもせず、「家族も心配しているだろう」と利用者を家族の元へ送り届けた。
今思えば、作業所に留まるという選択肢もあったかもしれない。
そして翌12日夕方、「総理大臣の命により、原発から20km圏外へ避難して下さい。」という防災無線が流れ、職員も利用者もそれぞれに避難した。
「2~3日避難していれば帰って来られるだろう」そんな気持ちで避難して、はや7年目。

まずは統合失調症を患う利用者さんが、遠く離れた二本松市の体育館へ避難して困ったことについてのお話し。
寒い、人が多い、眠れない、温かい食べ物がない。
避難所生活はいろいろと苦労があったが、一番は薬の確保。
持っていた薬がなくなると、幻聴や妄想が始まった。
自分で車を運転できるため出かけたかったが、ガソリンが手に入らない。
保健師に連絡を取り、病院へ連れて行ってもらったが、病院はそれどころではない状況。
仕方なく薬局へ向かったが、処方箋がなかったため、1週間分しかもらえない。
避難所近くの産婦人科にお薬手帳を持って行くと、専門外であった医師がいろいろと調べてくれ、2週間分の薬を無事にもらうことができた。
『お薬手帳は本当に大切』
今は、福祉作業所・両親・自分のと、場所を分散してコピーを用意している。
もう一つは、体育館に相談できる相手がいないこと。
まわりに知っている人がいないのは本当に不安。
いつも会っていた職員の方と再会したときは、ホッとした。
もし災害で避難することになった場合、職員の方には避難所をまわって利用者を探し、安心させてほしい。

続いて、職員の方のお話し。
2011年10月、浪江町の仮役場ができた二本松市で作業所を再開。
避難先ではまわりは知らない人ばかりで、日中だけでも知っている人に合える作業所は利用者に大きな安心かを与えている。
当時作業所に通っていた15名のうち、今も元気に過ごしているのは7名。
作業所へ通えなくなり、自宅で過ごしている3名、入退院を繰り返している3名、6年以上入院している2名、合計8名は震災により大きく人生が変わってしまった。
私自身の自宅も帰還困難区域にある。
津波は家も家財も一気に失う。
それに対し、原発事故による放射能汚染では、汚染に加え、獣害、転居先が狭くて持って行けないなどの理由で、家も家財も形あるものを捨てていかなければならない。
それはそれで非常につらい。
現在、職員は非常勤も含め10名、利用者は25名。
私も含め、職員の数人は単身赴任状態。
H29.7現在、東日本大震災による浪江町の直接死は182名、災害関連死は407名。
放射能への不安は消えず、家族や地域は分断されたまま。
原発事故の収束にはまだまだ長い年月がかかる。
私たちはそんな状況の中で、福祉作業所を再開して5年になる。
災害後の再建について、老人介護施設については国からの保障があるが、自立支援施設には保障がない。
二本松市は広く、利用者の送迎がかなり大変でコストもかかっている。
一部が避難解除となった浪江町に、ちょっとひと息つけるカフェも開きたい。
これからも、支援・応援よろしくお願いします。

災害とメディア


神戸大学持続的災害支援プロジェクトKontiの勉強会に参加してきました。
Kontiは昨年発生した熊本地震への災害支援を行う団体で、「神戸でもできることを!」といろんな方を招いて勉強会を開いています。
今回のテーマは「災害とメディア」
講師は、元神戸新聞社の論説委員、山口一史氏。
阪神淡路大震災当時の経験をベースに災害とメディアの関係についてお話しいただきました。

災害の報道には2つあり、それぞれに責任と役割がある。
『大状況を伝える報道』
被災状況を大きくとらえ、復旧・復興のために何が必要か、どんな施策が適応できるか、足りない施策はあるか等を伝える
『小状況を伝える報道』
ライフラインの復旧状況、炊き出しや入浴など、被災者の暮らしをサポート・応援する情報を伝える。

災害時の情報には、被害情報・避難情報・救援情報・安否情報・生活情報などの種類があり、時間の経過とともに必要とされる情報は変化していく。
それらをどのメディアから得るか。
阪神淡路大震災当時であれば、新聞・テレビ・ラジオ・自治体の広報誌など。
被災直後に接したメディアのトップはラジオ。
ただ、最近はラジオを聞いたり、テレビを見たりしない若者も多いらしい。
SNSが発達しているが、デマが流れることもある。
拡散され、情報そのものが古くなっている場合もある。
情報量は現在の方が圧倒的に多いが、正しい情報を得るのは難しくなっているのかもしれない。

被災者は多くのものを失ったり、精神的なダメージを負っていて、誰もがそんな姿を見られたくはない。
でも、取材するメディア担当者の多くは被災経験がない。
結果として、人として本来持ち合わせている「寄り添う」気持ちより「少しでも状況を伝えなければ」という考えが優先してしまう。
そんなメディア取材で嫌な思いをしたという話は、被災地でよく聞かれる。
「取材お断り」と掲示している避難所もたくさんある。
亡くなった人に鎮魂の思いを寄せている時に、土足で踏み込むような取材を持ちかけられたという話も聞く。
取材する側の課題だとおっしゃってました。
神戸新聞社の論説委員、三木康弘氏は阪神淡路大震災で神戸市東灘区の自宅が倒壊し、父親が生き埋めになった。
消防団の手には負えず、消防署も声を上げているなど反応のある人から順に救出していた。
3日目にようやく自衛隊が父親の遺体を出してくれた。
この経験から、これまで被災者の気持ちが全くわかっていなかった自分に気づいたそうである。
三木氏の経験が、神戸新聞社のその後の取材姿勢を大きく変えたとのこと。
2014年、丹波市豪雨災害の際、取材に来た神戸新聞社の女性記者は、私たちボランティアと一緒に床下の泥出しをした後、取材していた。
社風として引き継がれているのかもしれないなと感じた。

災害が起き、何度も報道される被災地の様子は、「忘れてはならない」「忘れないで」という思いを私たちに伝えてくれる。
その一方で、「こんなに追いかけなくても」「もっと被災された方の身になって」と思うこともある。
伝える側も、その報道も受け取る側も、『寄り添う』という気持ちを忘れてはならないと思った。