国難災害 ニッポン 2000年の「宿命」

国難災害 ニッポン 2000年の「宿命」 国難災害 ニッポン 2000年の「宿命」
ABCテレビで放送されたローカル番組『国難災害 ニッポン 2000年の「宿命」』を見た。
大災害が国難へとつながるという内容。
知っておかないといけない、これから考えていかないといけない内容だっなので、少し書いてみます。

阪神淡路大震災では1年後に94.5%が解体されたが、熊本地震では59.0%しか解体が進んでいない。
全壊や大規模半壊だけでなく、半壊判定で解体する場合の費用も新たに公費負担となった。
半壊戸数は、全壊や大規模半壊を合わせた戸数の2倍以上。
解体戸数が増えたことで、解体のスピードが遅く、それにつれて再建も遅れている。
また、半壊で解体した世帯も仮設住宅へ入居することも認められた。
「被災者を1人でも多く、早くなんとかしたい。」
そんな思いから行われた半壊世帯への対応ではあるものの、これは前例となり、今後起きるであろう災害への対応にも適用されていくことになるだろう。
そうすれば、復興事業費は膨らむ一方となる。

阪神淡路大震災も、東日本大震災も復興事業費は被害額を大きく上回る。
それは、被災者だけでなく国民の「被災地を復興させたい」という声に応えたもの。
しかし、被災地にお金がたくさん集まるということは、それ以外の地域にまわるお金が減ることを意味する。
ある大学の調査によると、東日本大震災のあと、被災地のみが黒字で、他地域は赤字。
そして1年目より2年目の方が差が広がっている。
関東大震災の際、都心部の復興はかなりうまくいったのだそう。
それに対して、農村部の復興は置き去りにされ、疲弊と困窮を極めた農民は農業研修や軍事的な訓練を受け、満州へ移民として送られた。
そのことも戦争の一因になったらしい。
災害をきっかけに国難へとつながった一例として紹介されていました。

江戸時代に発生した寛保の大洪水の際、私財をはたいて村人を救った名主の奥貫友山が子孫に向けて「災害救助のこぼれ話」を残している。
「貪欲な民は実際の蓄えがあっても、ないかのように装って餓死しそうだと訴える。半の役人には確かめる手段がなく、一律の基準で救済すると人数が多くなり、米が足りなくなってしまう。そこで、村ごとに大きな百姓家を炊き出しの場所にして正直者を選んで粥を支給させる。そうすれば、貪欲な者もさすがに恥ずかしいので手持ちの食料を食べる。遠回りだが、古いやり方が優れているものである。」
一律の支援では、本当に必要な人に支援が行き渡らない。
江戸時代から、個々の経済的事情を考慮した支援が大切だということは言われてたんですね。
もちろん被災者への支援は必要。
限られた資金の中で本当に支援が必要な人へ支援するには・・・。
災害によって受けるダメージは、人や世帯によってバラツキがある。
支援が全くなくても再建できる資金力のある人もいる。
被害状況のみで判定し、一律に支援するのではなく、被災者個々が抱える問題に焦点を当て、適切な支援を行っていくことが大切。
そういう考え方にシフトしていくことが必要となってきている。

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